【クィア・ホラー名鑑】『ストレンジャー・シングス』(1)バーバラはなぜ死んだ―“アップサイド・ダウン”の意味するもの。

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クィア・ホラーを紹介するシリーズ、クィア・ホラー名鑑。第3弾は、Netflixオリジナルドラマ人気No.1の『ストレンジャーシングス』。今年放送された3で、1・2と計画的に仕込まれてきたクィアなサブテクストが一気に動き出した。4の情報も少しずつ解禁され、続編への期待も高まっている本作。“アップサイド・ダウン”の世界とは、一体何を意味しているのかを中心に分析してゆく。


前回の“イット”のクィア・ホラー名鑑、すごい反響があったな。

リッチーの生き様を通して、ゲイをとりまく厳しい環境に涙する人が多かったみたいですね。

最近、YA(ヤングアダルト:思春期から大人へ成長する過程を扱うジャンル)要素のある作品には、かなりの確率でクィアなサブテクストが描きこまれるようになったよな。

そうなんですよ!!実は、ストレンジャー・シングスにもクィアなサブテクストが存在するんです!!

※注意:この記事はネタバレを含みます。

『ストレンジャー・シングス』はクィア・ホラー?

そもそもホラーなのか

ネットフリックスの再生回数、堂々の1位を飾った『ストレンジャー・シングス』。丹念に再現されたエモい情景は、リブート版『イット』と並び80年代ブームを牽引してきました。

一見すると『ET』のようにSFとジュブナイルを掛け合わせた内容になっている本作ですが、実際には様々なジャンルが詰め込まれています。そして、その中でも特に意識的にフューチャーされているのが、ホラー・ジャンルとしての要素です。

登場人物のそれぞれの部屋に貼られた、『ジョーズ』や『死霊のはらわた』など70~80年代の名作ホラーのポスター。先生が家で鑑賞する『遊星からの物体X』のスパイダーヘッド。そこら中に往年のホラー映画への愛がつめこまれています。

そういったオマージュに加え、ボディホラー的要素やモンスター・パニック的要素もしっかりと作りこまれており『ストレンジャー・シングス』はホラーとして楽しむことができる作品だと言えるでしょう。

詳しくは、次の記事から。

クィア・ホラーとしての解釈

では、どこがクィア(セクシュアルマイノリティを包括して用いる言葉)なのか。一見すると、ゲイのキャラはシーズン3で明らかになったロビンだけ。しかし、実はこの作品には計画的に、そして綿密に、クィアネスがコード化されています。それは明確に提示されるわけではありません。背後に巧妙に隠されているのです。まるで現実の世界でクィアネスがクローゼットに押し込められ、見えなくなっているのと同じように。その“不可視性の再現”こそが、この作品の優れたところだともいえるでしょう。

1回では紹介しきれないため、以下の4回に分けて記事を更新していきます。

(1)バーバラはなぜ死んだ - “アップサイド・ダウン”の意味するもの

(2)大賢者ウィルの混乱 - 名前を与えられていくクィアネス

(3)ビリーを縛る男らしさの鎖 - ホモフォビアの連鎖

(4)真のアライ、スティーヴ - 正しいカミングアウトへの答え方

今回は第1回、数回しか登場していないにもかかわらず大人気キャラとなったバーバラについて、詳しく見ていきます。


バーバラの受難

子供向け作品のような印象も与える『ストレンジャー・シングス』。ホラー要素もありますが、作品のテイストはジュブナイルSFに偏っています。しかしシーズン1の第7話は、それでは満足のできないホラーファンを唸らせました。そう、衝撃的なバーバラの死体です。

大ブレイクのネトフリスター、シャノン・パーサー

バーバラ(通称バーブ)はナンシーの親友。ハイウェストで米国のお母さんの定番“マムジーンズ”に、チェック柄で襟の縮れたシャツ。赤いショートヘアに眼鏡をかけた彼女は、初登場時からそのユニークな風貌で多くの視聴者を惹きつけました。

バーバラ

彼女はナンシーの良心。不良じみた行動をするナンシーをいつも心配しています。幼馴染だったナンシーがヒエラルキーを登り人気者になっていく中、その中にうまく溶け込めない姿は、多くの人の共感を呼んびました。

小さな役どころではあるが、シャノン・パーサーはこの役により一夜にしてティーンのスターとなりました。その人気を物語るエピソードがあります。彼女はデビュー前から地元の映画館でアルバイトをしていました。しかし、『ストレンジャー・シングス』が公開されて以来ファンが押しかけて、そのあまりの数にアルバイトを辞めざるを得なくなってしまったのです。

『ストレンジャー・シングス』でプライム・エミー賞を受賞した彼女は、後にネットフリックスの看板ドラマの一つ『リバー・デイル』に出演。2018年にはネットフリックス映画『シエラ・バージェスはルーザー』で主演を務めました。まさにネットフリックスが生み出した新時代の女優といえます。

身体を張ったボディホラーで、ホラーファンを魅了

アップサイドダウンで逃げまどうバーバラ

そんな大人気のバーバラでしたが、第4話で早くもデモゴルゴンにさらわれ“アップサイド・ダウン”(裏側の世界)へと連れていかれてしまいます。そしてその後、ほとんどドラマから姿を消してしまうのです。彼女が再び登場するのは第7話。その時、彼女はもう死んでいました。

無残な姿になったバーバラ
口から這い出すデモゴルゴンの幼体

このシーンは、その身体損壊描写の芸術性とショッキングなカメラワークで、ホラーファンを満足させました。その腐敗し粘液に覆われた死体の口からは、デモゴルゴンの幼体が這い出し、きれいに作られた“ニセモノのウィルの死体”とは、対照的に描かれています。

寄生され、風化し、人知れず朽ちてしまった彼女の姿は、ボディホラー(敢えて変容した身体を強調することで不安を与えるホラージャンル)としても十分見ごたえがあります。

Justice For Barb!

ネットミームとして広がった“Justice For Barb”運動

しかし、その後が問題でした。物語は相変わらずウィルの捜索を中心にして進み、バーバラは言及されることが殆どないまま、シーズンが終わってしまったのです。裏の世界に行った彼女は、この作品から言葉通り“消えて”しまいました。

この非情で不条理な展開にファンたちの抗議が始まりました。ツイッターやインスタグラムでは、ハッシュタグ #JusticeforBarb が大流行。また、 JusticeforBarbを題材にしたミーム(SNS上に投稿される加工画像)も多く出回り、グッズも作成されました。

ファン特製“JusticeforBarb”ノート

Missing Barb マグカップ

彼女はメインの登場人物ではありません。それなのに、なぜこんなにもファンの熱狂的な関心を集めたのでしょうか。そして、なぜ彼女は忽然と死に、物語から姿を消してしまったのでしょう。


“アップサイド・ダウン”の意味

バーバラはなぜ死んだのか。

もちろん、表面上はデモゴルゴンに殺されました。しかし物語にはいつも深層があり、それぞれのキャラクターの行動や心理(そして死)は何らかのメタファーを内に持っています。

注意深くディテールを追うと、バーバラが“アップサイド・ダウン”に連れ去れたのは、性的アイデンティティの混乱によりクローゼットへ幽閉されてしまうティーンエイジャーのメタファーになっていると解釈することができるのです。

“裏側の世界”は本当に別の世界なのだろうか

デモゴルゴンの住む世界“アップサイド・ダウン”とは、直訳すると「上側が下」。ここでは、地面を挟んで“逆さま”に存在する「世界の裏側」を表しています。

アップサイド・ダウンは、現実世界とそっくりにできています。プールサイドにいたバーバラがデモゴルゴンに引きずり込まれた先には、全く同じプールがありました。そこにはウィルの“バイヤーズ城”でさえ再現されています。違うのは、荒れ果てて色味が無く、デモゴルゴンによる暴力のはびこる恐ろしい世界であるという点です。

ここで一つの疑問が首をもたげます。アップサイド・ダウンは、本当に別の世界なのでしょうか?

ここに迷い込んだのは、ウィルとバーバラの二人だけです。

そして、この二人にはある共通する特徴があります。それは、二人が自分の性的アイデンティティに混乱を覚えているという点です。

“クローゼット”から見た世界

ウィルがアイデンティティの混乱期にあるのは、ほぼ公式設定と言えます。それはシーズン3で明らかになりますが、シーズン1はその伏線としてにウィルを取り巻くセリフの端々に彼のセクシュアリティがコード化されています。

母のジョイスによれば、父ロニーはウィルのことをいつも“queer(変態)”や“fag(おかま)”と呼んでいたようです。ウィルは、父に気に入られるよう興味も無い野球をしてみたり、努力をしましたが、それでも父の歓心を得ることはできませんでした。

また、ウィルは学校でも男らしくないという理由でからかわれています。

辛い経験を経て、ウィルが自分の中のクィアネス(異性愛規範から外れている部分)を人目につかないよう隠すようになるのは当然だと言えるでしょう。

そして、彼はデモゴルゴンに連れ去られ“アップサイド・ダウン”へと消えました。このように考えると、“アップサイド・ダウン”とは、クローゼットに本当の自分を隠したまま生きるマイノリティたちの見る世界、そのものなのです。

ウィルの見た世界は…

私たちは全く同じ世界を生きています。しかし秘密を抱えるものにとっては、この世界は灰色です。本当の自分を隠して生きるこの世界に色はありません。そして、秘密がばれ本当の自分が見つかった時…そこに待ち受けているのは暴力です。状況次第では、命を奪われることさえあります。

このように考えると、デモゴルゴンはホモフォビア(同性愛嫌悪)の具現化、そしてアップサイド・ダウンはクローゼットから見た世界そのものだと解釈できます。


ウィルが生き延び、バーバラが消えた理由

バーバラのクィアネス

ウィルがセクシュアリティに混乱を来たし、自分のクィアネスをクローゼットへ隠していることはわかりました。では、バーバラはどうでしょう。

バーバラはいつもナンシーを心配しています。多くの視聴者は、バーバラの気持ちを嫉妬だと考えるでしょう。人気者になってゆくナンシーと、高校デビューできずに周囲に馴染めない自分を比べてしまい、寂しさと嫉妬が入り混じったような感情を抱いているのだ、と。

この解釈は正しいと思います。しかしそれと同時に、バーバラがナンシーに友達以上の気持ちを抱いているのも確かでしょう。ナンシーがスティーブとつるみ、“健全な”男女間の恋愛を繰り広げる一方で、バーバラが男性に興味を示すシーンは見られません。バーバラの関心は、いつもナンシーへ向いているのです。

彼女をレズビアンと言い切るのは間違った解釈かもしれません。しかし、彼女は確かに性的アイデンティティの揺らいでいる状況にあります。それを周りの人に相談できなかった彼女の気持ちは、どんなものだったのでしょうか。

その後バーバラは、デモゴルゴンにアップサイドダウンへ引きずり込まれました。ウィル同様、自分のクィアネスをクローゼットへ隠したバーバラの視界には、荒れ果てた世界が映っていました

ホモ・ノーマティヴィティ

では、ウィルが無事生還したのに対し、バーバラが無残にも死んでしまったのはなぜなのでしょうか。

最近、現在のLGBTQの状況を表す言葉として、ホモ・ノーマティヴィティという用語が頻繁に用いられるようになりました。これは、ヘテロ・ノーマティヴィティという言葉を元にして作られた言葉。ヘテロ・ノーマティヴィティとは、ヘテロ・セクシュアル(異性愛)を基準に定めて、それ以外を異質なものであると排斥する社会的規範のことです。

自らをLGBTQと認識する人々は、長い間このヘテロ・ノーマティヴィティと戦ってきました。しかし、権利が認められるにつれ、新たな問題が出てきました。それが、ゲイの名誉ヘテロ化です。LGBTQと多様性を唄われていても、前面に出てくるのはいつもG(男性同性愛者)ばかり。

レズビアンの不可視性やバイセクシュアルへの偏見、そしてトランスジェンダーへの差別は、ヘテロだけでなく当事者であったはずのゲイによって生産され続けています。これを皮肉って作られた言葉が、ホモ・ノーマティヴィティなのです。

語られることの無いバーバラたちへ。

LGBTQのホモ・ノーマティヴィティと揶揄される現状を考えると、ウィルとバーバラの扱いの差が説明できます。

ウィルには言わなくても分かってくれる仲間たちがいます。シーズン3のマイクの言動で明らかになりますが、みんなウィルのクィアネスに薄々気づいているのです。そして、ウィルのことをqueerやfagと呼んだロニーと別れたジョイスは、典型的なサポーティブな母親です。ウィルは、クローゼットで悩みながらも、実は周りのサポートを受けているのです。

一方のバーバラはどうでしょうか。誰も彼女がクィアネスを抱えているとは疑いません。なぜなら、男性に比べ、女性のクィアネスははるかに見えにくいようコード化されているからです。

視聴者の意見が、それを裏付けています。バーバラのナンシーへの行動を、多くの人は嫉妬や寂しさだと解釈します。バーバラがレズビアンではないかとネット上で議論が起きたとき、「それ新しいブラ?」というセリフが話題になりました。しかしそれも、女子同士の会話ではよくあるガールズ・トークだ、と回収されてしまいました。もしこれが男性同士で下着の話をしていたのであったら、「ホモ」や「ゲイ」と過剰なほど反応があるはずです。

このように女性のクィアネスは、男性のクィアネスに比べ不可視的で、それゆえに周りのサポートを受けにくいというのが現状なのです。

家族だけでなく友人たちが総出で救出に来てくれたウィル。その一方で、誰にも助けに来てもらえず、人知れず死んでしまったバーバラ。この二人の描写の差には、このようなセクシュアリティの非対称性が描き出されているのです。

このドラマは、今まで語られることなく悩み、傷つき、命を落としていった数多くの“バーバラたち”の声の無い叫びを表現することに成功した、数少ない作品だと言えるでしょう。

R.I.P Burb

シャノン・パーサーのその後

カミングアウト “アップサイド・ダウン”からの帰還

シャノン・パーサーは、2017年にバイセクシュアルとしてカミングアウトしている。

きっかけは、彼女自身も出演しているNETFLIXオリジナルドラマ『リバーデイル』での、女性登場人物同士の恋愛に関するツイート。番組のLGBTQファンから「クィア・ベイティング(マーケティングのためにLGBTQをでっちあげ利用すること)」ではないかと批判があったのだ。

それに対し、シャノンは誤解であるとし、謝罪。そしてつぎのようなツイートを添えた。

「普段はあまり言わないんだけど、いい機会だから個人的な話をします。最近、私自身バイセクシュアルであると友達や家族にカミングアウトをしたんです。」

「このことはまだ進行中で、自分でも理解しきれていません。だからこの話題について、あまり多くを語ろうとは思いません。LGBTコミュニティでは、私は本当に本当に新参者なんです。」

“裏側の世界”で戦う人々へ

PEOPLEのインタビューでシャノンはこう語る。

「セクシュアリティなんて関係ないような社会が、私たちみんなに訪れることを願っています。でも、いま問題は混迷を極めていて、ありえないような議論が行われています。」

「もし自分が子供だったらなにが必要か、それをいつも考えています。もし誰かが私のことを知って、少しでも孤独ではない、理解されている、と感じることができたのなら…それが私の望むことです。」

また、シャノンは大柄の女性でも活躍できるように、インスタグラムなどを通じて自分の写真を発信し、ボディ・ポジティブ(自分の体に自信を持つこと)なメッセージを届けたいとも語っている。


参照:

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PEPOLE Riverdale‘s Shannon Purser Comes Out as Bisexual: ‘It’s Something I’m Still Processing’
People Shannon Purser Hopes Her Decision to Come Out as Bisexual Helps Kids ‘Feel Less Alone’
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