【クィア・ホラー名鑑】『IT/イット THE END』リッチーの“恐怖”はピエロではなかった。ゲイ・ホラーとしてのイットを解説。

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クィア・ホラーを紹介するシリーズ、クィア・ホラー名鑑。第2弾では今を時めく『イット/It THE END』を、登場人物の一人であるリッチーを取り巻くサブテクストでクィアに読み解いていきます。


編集長、It chapter2 見てきました。

おれも見たよ。映像のクオリティは高い!でも、ちょっと情報量多すぎて、ごちゃごちゃした感じ。このシーンはテレビシリーズの方がよかった、という箇所もちらほら。

ぼくは、ビル・スカルスガルドのペニーワイズがよかったですね。怖いというよりは、職人技という視点で。

ペニーワイズは、テレビ版とそれぞれよさがあるね。

あとは、リッチーの存在感ですね。この映画には様々なメッセージが込められていると思いますが、その中でもかなりのウェイトを同性愛が占めていると思います。

というと…?

※注意:この記事はネタバレを含みます。

リッチーは本当にピエロが怖いのか?

Chapter 1 での違和感

『It/イット』の1を見たときに一つだけ違和感を覚えたことがありました。

それは、リッチーの存在。

他のルーザーズが自分の恐怖に根差した幻覚に襲われる中、リッチーだけはそれを体験しません。また「リッチーの怖いものは?」と聞かれた時、彼は公園にいるピエロを見ると、とってつけたように「ピエロだ」と答えます

他の子どもたちは、みんな自分を取り巻く社会環境に根差した問題や恐怖を抱えています。

ビル   … 吃音、仮病でジョージーを一人にした罪悪感。
ベン   … 体型や外見への差別。
ベバリー … 父からの虐待。
エディ  … 母からの束縛と潔癖症。
マイク  … 黒人差別、父母を助けられなかった無力感。
スタンリー… 宗教。強迫性障害。

これに対し、リッチーは特になにも言及されず。
ただおどけているだけです。

実は彼の恐怖は…。

そこで一つの疑問が生まれます。

それは、リッチーは実は本当の恐怖を隠しているのではないか?という疑問です。

彼は、ルーザーズのメンバーに言うことのできない問題を抱えているのかもしれない。そして、本当に怖いものはその「言えないこと」であり、幻覚を見ていたのではないか。

もしもそうなのであれば、彼が「怖いもの」として挙げたピエロは、自分が本音を話さずに道化を演じていることを暗示しているのかもしれません。

リッチーの抱える本当の“恐怖”は…。

本当の恐怖の対象

これらの疑問は、チャプター2でしっかり回収されていました。

2では、ペニーワイズに立ち向かうに当たり、それぞれ自分の子供のころの恐怖と向き合わなければなりません。

ビルはジョージーの死への責任、ベバリーは内面化した男性的権威への服従、エディは母に植え付けられた潔癖、それぞれが自分の恐怖と対峙します。

そんな中、リッチーの前に現れたのはポール・バニヤンでした。

ポール・バニヤン

ポール・バニヤンは、日本では知られていませんが、アメリカでは有名な、伝説上の巨人です。アメリカ大陸の開拓の中で語られるようになった、力強い西部のアメリカ男性を象徴するキャラクターだと言ってもいいでしょう。

この巨人は、ポパイやスーパーマンと同じように「強い男性」のイメージを持つと同時に、その強調された男性性からゲイ・アイコンとして用いられることも。また、彼の後ろには何故かチアリーディングが始まります。これは女性性の象徴です。

この画面はゲイネス(ゲイらしさ)で溢れているのです。

そしてバニヤンに乗って現れたペニーワイズは、「誰にも言えないお前の秘密を言ってやろうか」とリッチーを追い詰めます。

ここまで来たら、もうリッチーの恐れる彼の“秘密”が何かは自明です。

“ピエロの部屋”で棺桶に葬られた、本当の自分

以上のことを踏まえたうえで、もう一度Chapter 1に戻ってみましょう。

ルーザーズが屋敷でペニーワイズと戦う場面で、リッチーは“ピエロの部屋”に閉じ込められます。彼は意外にも勇敢にピエロを触って確かめると、ひとこと「なんだ人形か」。ここも違和感を感じさせる部分です。彼は本当にピエロをおそれているのでしょうか。

この違和感の真相は、このすぐ後に明かされます。安心したリッチーの前で、棺が開き、そこには「FOUND(発見)」の文字が。

FOUND(発見)の文字

棺に近づいた彼が見たのは、自分そっくりの人形。

リッチーは、ゲイである“本当の自分”を隠すためにピエロのように振舞っていました。口汚く性的なジョークばかり飛ばすことで、自分がゲイであると悟られないようにしていたのです。この部屋にあるピエロの人形は、これまで彼の演じた来たカラッポな道化の象徴です。

その中に埋めるようにして隠していた自分、棺桶に葬ったはずの自分。それが発見(FOUND)されてしまうこと。それこそが、ペニーワイズの見つけたリッチーの恐怖でした。

何度か登場する、行方不明(MISSING)のポスターも、実はルーザーズの前にいるリッチーは偽物で、本当のリッチーはここにいない(みんなの前では隠している)ということを暗示しているのかもしれません。

リッチーのエピソード

このように、リッチーの恐怖は自分の化けの皮が剥がされ、みんなにゲイだとばれてしまうことでした。では、彼は自分の欲望を押し殺しながら、どのような人生を送ってきたのでしょうか。いくつかのエピソードを通して考えてみましょう。

ゲームセンターでの苦い片思い

Chapter 2 で印象的なリッチーのエピソードにゲームセンターでの思い出があります。

リッチーはある男の子とゲームをしています。「お前、強いじゃん!」と言われ楽しく遊ぶ二人。ゲームが終わり去っていく彼に「もう少し遊ぼう」と言いますが、そこにいじめっ子のヘンリーが登場。ヘンリーの顔色うかがった男の子に、ゲイとののしられてしまいます。

リッチーがこの男の子を好きだったかどうかは分かりません。ただ友達として好きだったのかもしれないし、もしかしたらそれ以上の気持ちを持っていたかもしれません。一つ確かなことは、リッチーが「ゲイであること」を「恐怖」と結びつけたということです。ゲイはいけないこと。いじめられることだと。

エディとの距離感

オフスクリーンでも仲のよさそうな二人

本編を通して、リッチーとエディはまるでバディ(相棒)のように描かれます。1ではそこまでではありませんでしたが、2では子供時代にさかのぼって二人の親密さが強調されているようです。

終盤のペニーワイズ戦では、傷ついたエディに最後まで寄り添ったのはリッチーでした。そして、地下を離れるときも決して彼を離そうとしませんでした。

キシング・ブリッジに刻んだ文字

もうエディはいません…。

そして、ゲイホラー史に刻まれるであろうこのシーン。

R+Eという文字を再び彫りに、リッチーは橋へ来ます。この橋は原作でも何度も登場する橋で、名前は「キシング・ブリッジ(キスの橋)」。やはり、リッチーのエディへの思いは確かなようです。

実は、冒頭のエイドリアン・メロンが河へ投げられたのも、この橋でした。

ゲイ・ホラー『エルム街の悪夢2』へのオマージュ

最後に、非常にマニアックな伏線を紹介します。

意外に少ないゲイを扱ったホラーですが、その中に燦然と輝く金字塔として知られるものに、『エルム街の悪夢2 フレディの復讐』があります。

この作品は、フレディの設定に加え、ゲイっぽい主人公と男の裸体表現の強調などから公開当時は酷評されましたが、次第にゲイ・コミュニティを中心に再評価されていった作品です。

詳しくはこちらをどうぞ。

実は、この『エルム街の悪夢2』の主人公が着ているシャツと、同じ柄のシャツをリッチーが着ているのです。

よく見ると…。

細かいですが、これは偶然の一致ではないでしょう。

『エルム街の悪夢2』のラストシーンでは、ヒロインの愛の力で自らを異性愛者に“矯正”して自分の中の怪物フレディ(=ゲイの暗喩)を葬り去ります。しかし、どんなに押し殺しても自分の欲望から逃げきることはできず、結局フレディにつかまってしまいます。

リッチーの衣装は、彼がジェシーと同じように“本当の自分”から逃げ続け、しかし逃げ切ることはできないまま大人になったことを表しているのです。

ゲイを取り巻く残酷な世界を描いた「イット」

史実を元にした冒頭

ここで、Chapter 2の冒頭に戻りましょう。この映画は、エイドリアン・メロンというゲイの青年が殺されるシーンから始まります。

この描写は、史実でもあります。

キングが『イット』を執筆していた当時、キングのお膝元であるメーン州である事件が発生しました。それは、チャーリー・ハワードという少年の殺害。23歳だった彼は恋人・ロイとの散歩中、3人のティーンエイジャーに襲われます。そして映画と同じように川に投げ込まれ溺死しました。

殺害されたチャーリー・ハワード

この事件を元に、キングはエイドリアン・メロンに関するエピソードを作り上げました。

このシーンは印象的なだけではなく、象徴的です。なぜなら、この後のリッチーとエディの悲劇的な結末を思わせるからです。

吸入器と帽子の持つ意味

エイドリアンは喘息の吸入器を使用していました。これはエディを象徴するアイテムです。原作のエイドリアンは、このアイテムを使用していません。つまりこれは、映画の演出でわざと付け加えられたもの。エディとエイドリアンを重ね合わせるための小道具と言えるでしょう。

一方、エディとエイドリアンの間には一つ異なる点があります。それは、エディは街を出て、エイドリアンはデリーに残ったということ。この選択肢の分岐も、エイドリアンの被る「I ♡ DERRY」というキャップにより強調されています。

デリーに残った者が命を失う一方で、デリーを去ったリッチーは自分自身から目を反らし、自らのゲイとしてのアイデンティティを押し殺したまま生きました。

しかし、デリーに戻り自らのゲイ・アイデンティティと向き合う過程で、彼は愛するエディを失ってしまうのです。冒頭のエイドリアンと同じように…。

ありのままに描かれた、残酷な現実。

この映画は、「自分の恐怖と向き合い、大人になること」がテーマの軸となっているのは明白です。物語が終わるころには、ルーザーズたちは自らの恐怖と向き合い、成長を遂げることができました。

しかし、リッチーだけは他のメンバーと違います。彼は、自らのゲイ・アイデンティティを受け入れる代償に、エディーを失ったのです。これは、ゲイが自分らしく生きようとすることは、命を危険にさらすことだという社会の残酷な現実を表しているのではないでしょうか。

答え合わせ

最後に、軽く答え合わせをしておきましょう。

というのも、リッチーがゲイであるという点は公式の設定であり、いくつものインタビューで既に監督自身の口からもその真意が語られています。

日本語の記事で最もこの点を追求しているのは、シネマトゥデイのこの記事です。

シネマトゥデイー『IT/イット』完結編、リッチーの秘密はいつ決めた?監督が明かす

これによると、1の時点ではまだリッチーはゲイの設定ではなかったようです。2で何らかのサプライズを起こせるように、ある程度の余白を残しておいたとのことなので、リッチーの宙ぶらりん感はその余白部分だったのでしょう。

リッチーのトラウマを、監督はこのように説明しています。

「彼のトラウマは、初めて心のままに行動し、内面を見せた時(=ゲームセンターでの出来事)に辱めを受けたことによるもの。それで彼は自分の本質、本当のセクシャリティーを隠さなきゃいけないと思った。そしてそれがどんどん悪化していった。最終的に大人になり、彼はいくつもの仮面で自分を隠すようになった。ゲイの男性だとバレることを恐れていたんだ」

シネマトゥデイ

リッチーの体験は、ほとんどのゲイが少年期に体験したことのある、リアルな恐怖体験です。そして、その秘密をルーザーズの仲間たちにさえ共有できなかったという事実は、痛いほど心に刺さります。今後、この映画がクィア・ホラーの中の重要な位置を占めるようになることは確かでしょう。

アンディ監督が、原作のリッチーとエディの関係性を述べた次の言葉を、世界中のゲイの初恋に捧げてこの記事を終わろうと思います。

「それはプラトニックで、決して花開くことがなかったものなんだ」


イットが見たりない方は…

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