悪魔辞典
ペイモン
概要
ペイモンは、『へレディタリー 継承』に登場する悪魔。
ソロモンの魔術をまとめたとされる作者不詳の魔導書『レメゲトン』の、悪魔召喚を中心とした第1部『ゴエティア』にペイモンの記述が見られる。それによると、偉大な王にしてルシファーの最も忠実なしもべであり、芸術と科学の力を象徴するとされる。
特徴
王冠を被っており、頭部は女性、体は男性の姿をしている。ラクダに乗り、シンバルやトランペットを持った悪魔たちに先導され現れる。
『レメゲトン』では、ペイモンは200もの精霊の軍隊を持ち、召喚するには何らかの供物を献上しなければならないとしている。
能力
召喚者は、富に加え次のような力を与えられるとされる。
- 過去と未来についての知識を授ける
- 疑念を消失させる
- 死者の魂の召喚
- 幻視
- 使い魔の獲得
- 数年に渡る死者蘇生
- 飛行
- 水中で息ができるようになる
このうち“死者の魂の召喚”は『へレディタリー』の劇中でも使用されており(チャーリーと交信するシーン)、その後超常現象の発生が増加している。
『へレディタリー』におけるペイモン
ペイモン霊媒家系のグラハム一族
ペイモンは劇中で、グラハム一族の体を使用し登場している。映画開始時はチャーリー、そしてチャーリーの死後は肉体を取らず、物語終盤でアニーに憑依、最終的にピーターの肉体に宿った。グラハム一族は古来ペイモンの霊媒となる家系でなのであろう。これが『Hereditary 継承』というタイトルの意味である。
ここからは、グラハム一族とペイモンの関係を見てゆこう。
ペイモン・ネックレス
アニーとエレンは同じペイモンのシンボルのネックレスをしており、ペイモンの霊媒としての血が脈々と受け継がれていることが分かる。
“首”の供物
グラハム家の女性は、全員首を切られている。これは、ペイモン召喚の条件に女性の首を供物として献じることが含まれるからであると考えられる。
チャーリーは電柱に衝突し首がもげた。エレンは死後墓場から掘り出され、首を切断されている。アニーに至っては、自ら糸鋸で断首。そしてこのアニーの首が切断されたタイミングで、ピーターの肉体へのペイモン召喚は完了している。
ペイモンは女性の首をした男性の姿をしているとされ、どうやら宿主には男性の肉体、供物には女性の首を好むのかもしれない。
チャーリーはいつペイモンを宿したか
これはこの映画最大の疑問の一つでもあるが、「生まれたときでさえ泣かなかった」というエピソードは、出生時から彼女がペイモンであったことを示唆している。
他にも、チャーリーの作り出す不気味な人形は、ペイモンの芸術能力の表出であろう。鳩が窓にぶつかって死んだのは偶然ではなく、ペイモンの力の顕現だ。
ペイモンの書『継承の方法』
アニーがエレンの遺品から見つけ出した『 Hereditary Exposition (継承の方法)』という本をには、以下のような内容がハイライトされている。
召喚がうまくいけば、ペイモンは最も弱った状態の器に憑りつく。儀式が完了すると、ペイモンは器の体内に封じられる。一度封じられたら、解放のためには再び儀式が必要となる。
ポイントは、「最も弱った」という点だ。チャーリーを死なせたことで精神的に追い詰められたピーターは、カルトの秘術により数々の超常現象に悩まされる。それにより心身共に衰弱した彼は、カルトのなすがままにペイモンの器となってしまったのだ。
続く部分には、器の性別について以下のように書かれている。
『ゴエティア』ではキング・ペイモンの顔についての言及はないが、他の書物によると女性の顔をしているという。そのため、器となる人間の性別は問われない。しかし、最も有効な器は男性である。女性の肉体を提供した結果、激怒し復讐をされたという例もある。以上より、ペイモンの召喚の際は キング・ペイモンが男性であり、男性の体に宿るのを非常に好むことを忘れてはならない。
これは、器がチャーリーではなくピーターでなくてはならなかった理由の説明になっている。
クイーン・リーのペイモン召喚計画
以上でクルーは出そろった。さあ、劇中でペイモンがどのように召喚されたのかをまとめてみよう。時系列に並べると、クイーン・リーのペイモン召喚計画は以下の通りに進行した。
- 息子のチャールズを犠牲に召喚 →失敗
- 娘アニーにピーターを生ませる
- 婿養子のスティーブに「不干渉ルール」を設けられ、失敗
- 仕方なくチャーリーを器にペイモン召喚
- 機を見てチャーリーからペイモンを解放
- 降霊術によりペイモンを再度召喚
- ピーターを追い詰め、弱らせる
- 瀕死のピーターにペイモンが降臨
以下、順を追って確認してゆこう。
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息子のチャールズを器にペイモン召喚
エレンが初めてペイモン召喚を試みたのは、息子のチャールズに対してである。死者を悼む会でアニーが明かす通り、アニーの兄は16歳のころ「母が自分の中に何かを入れようとした」と遺書に書き自殺している。この“何か”とはペイモンのことを指す。
自殺によりこの計画は失敗したため、娘のアニーに新たな世継ぎを生ませた。アニー夢の中でピーターにとんでもない話をぶちまけている。それは、エレンに無理にピーターを産ませられたこと、そして妊娠時に堕胎しようとしたにも関わらずどんな方法も効を奏さなかったということだ(この設定は、『ローズマリーの赤ちゃん』を彷彿とさせる)。
これらの異常な逸話からは、エレンなんとしてでもパイモンを手に入れるために、アニーの行動、そして身体さえもコントロールしていたことが分かる。
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スティーブの不干渉ルール
ところが、この出産の無理強いを見かねたのか、アニーの夫スティーブに不干渉ルールを設けられてしまう。ピーターに近寄ることができなくなり、エレンは計画を断念。標的を次の孫(チャーリー)に変更する。
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チャーリーを器にペイモン召喚
アニーは気の狂ったような母親を鎮めるために、チャーリーを差し出す。エレンは自らチャーリーに乳を飲ませるなどしてチャーリーを支配、ペイモンの召喚に成功する。
だがペイモンは男性の肉体に宿ることを好むため、チャーリーは仮の器にしか成りえなかった。
その後、チャーリーは電柱に頭を打ち付け断首により死亡している。これは偶然のタイミングの一致ではない。アリ・アスターは、このチャーリーの死はカルトによるものだと明言している。パーティ会場に向かう途中映る電柱には、ペイモンのシンボルが刻まれているのである。
一連の出来事は、チャーリーの肉体からペイモンの体を解放し、ピーターへと移し替えるための下準備だったのだ。
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ピーターを器にペイモンを召喚
チャーリーの体から抜け出したペイモンを、一家は家族3人そろっての降霊会で(そうとは気づかずに)召喚。儀式は完了し、あとは弱ったピーターにペイモンが入るのを待つだけ。カルトは様々な呪術でピーターを追い詰めてゆく。
最後の晩、アニーはペイモンの手に落ち、スティーブも殺害されてしまう。その後アニーは自ら首を切り献上。ショックを受けたピーターは飛び降りて瀕死の状態となる。
こうして、首の供物と男性の肉体が揃い、ペイモンが降臨した。
荒唐無稽に思えるストーリーだが、全てはクイーン・リー(エレン)とカルトのメンバーによって綿密に計画されたプランだったのである。
降霊術の数々
劇中で、グラハム家の壁に様々な文字列が書かれたのに気づいた人もいるだろう。Satony、Zazas、Liftoach Pandemoniumの3種類だ。一見演出のためにでっちあげられた呪文かのように見える。しかし、これらは実際に降霊術(Necromancy)に使われる言葉であり、それぞれが映画の展開と一致したものとなっている。
Satony(サトニー)
サトニーは、死者を現世へ呼び戻す力を持つ言葉である。これは物語前半のチャーリーの降霊までを象徴する言葉である。実際にアニーは、ジョーンの口車に乗り、この世とあの世を繋いでチャーリーの魂を呼び出してしまう。
Zazas(ザザス)
ザザスは、アレイスター・クロウリーという人物と関係のある言葉だ。クロウリーは20世紀の前半のイギリスのオカルティストである。その異端思想は悪名高く、世界で最も邪悪な男と称された。妻とのハネムーン先である北アフリカで、彼はコロンゾンという悪魔の召喚を体得。そのときに使っていたマントラが「 Zazas Zazas Nasatanada Zazas (ザザス ザザス ナサタナダ ザザス)」であった。
劇中では家族3人の降霊術のシーンで登場するが、ここでチャーリーだと思って呼び出したのはペイモンであった。「ザザス」物語中盤からの、ペイモンによる災いが立て続けに起こってゆく様を象徴する言葉であると言えよう。
Liftoach Pandemonium(リフトーチ・パンデモニアム)
パンデモニアムは、ミルトンの『失楽園』からの言葉である。ルシファーと共に悪魔に身を落とした者たちのための場所だ。言葉の構成は“Pan” (全て)、“demon”(悪魔)、“ium”(状態を表す名詞を作る接尾辞)で、「悪魔たちの結晶」、つまり地獄を表す。
“liftoach”はヘブライ語で「開く」という意味であり、「出でよ、全ての悪魔たち」という意味になる。
Satony, Degony, Eparigon(サトニー、デゴニー、エパリゴン)
これは、降霊会のすぐあとジョーンがピーターに向かって叫ぶ呪文だ。この降霊呪文は、召喚後に使用する。召喚された霊や悪魔を霊会へと還す効果がある。ピーターの魂がしぶとく肉体に残っているため、弱るのが待ちきれず、いっそペイモンの代わりに魂を霊界へ戻してしまおうという強引な方法だったのであろう。
Triangles(トライアングル)
トライアングルは、霊や悪魔の召喚で大きな役割を果たすシンボルだ。ソロモンが悪魔の召喚に用いたとされるシンボルが、まさにこのトライアングルなのである。六芒星も、この三角を二つ重ねたものだ。劇中ではエレンの部屋の床、そしてジョーンの家でピーターの写真を囲うようにして使用されている。
ペイモンが表すものとは
精神疾患の遺伝
ここまで、悪魔としてのペイモンについての考察を見てきたが、ペイモンは比喩であるという見方もできる。歴史上、成功したホラーはどれも背後に現実的な社会現象や葛藤を描いたものが多い。では、この映画を人間ドラマと捉えたとき、ペイモンが表すものとはいったい何なのだろうか。
タイトルである“Hereditary”という言葉は、本来は「遺伝」という意味である。つまり、血のつながりを含む概念であり、邦訳の「継承」と比べると相当強い言葉だ。どうしたって逃れられない運命、それが「遺伝」なのである。
そしてこの物語では、精神疾患の遺伝が物語の背後で語られているのだ。
グラハムたちの病
死者を悼む会で、アニーは家族の歴史を語っている。それによると、母のエレンは解離性同一性障害(多重人格)、そして兄のチャールズは妄想型精神分裂病である。またアニーは幼いころから夢遊病を患っていた。これらの症状は 遺伝的な要因を持ち、ある程度世代を超えて受け継がれるとされる。
チャーリーの死後、アニーは双極性障害(躁鬱)の症状が観察される。しかしそれだけではなく、エレンの多重人格の兆候も見られる。夫のスティーブが焼死した跡、急に表情が戻る瞬間がそれだ。このシーンは、ペイモンの憑依ともとれるが、他の人格が現れたと考えることもできるのだ。
また、エレンの死体を屋根裏に運んだのもアニーの別人格である。ジョーンの家へ行ったときアニーの手が土で汚れていること、そして家の異臭に彼女だけが気づかないのがその証拠である(儀式を行ったのはカルトのメンバーであろうが)。
ピーターの“発症”
そして、これらの症状は終盤でピーターに現れる。それは机に頭を打ち付けるという自傷行為や、鏡に映った自分がほほ笑んでいるという幻視である。これは叔父のチャールズが16歳の時に患っていた妄想性精神分裂病の症状に似ている。
このシーンもパイモンの光の登場とリンクしており、彼らの持つ霊媒としての資質は同時に精神疾患を表しているのだとわかる。
そう、この映画は二重の解釈が同時に可能なのである。劇中では演劇の授業で“逃れられない運命”についての講義がなされているが、この映画こそまさにその恐怖を描いた悲劇なのだ。グラハム一族に選択肢はない。生まれたが最後、呪われる。『へレディタリー』はそんな無慈悲な世界を悪魔として形象化することで、最も敏感な問題を提起することに成功している。
この映画が最も恐ろしい映画と言われる由縁はここにある。誰もがその恐怖に共感せざるをえないのだ。様々な形をとれども、私たちはみなこの“Hereditary(遺伝)”に呪われているのだから。
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