“ファイナルガール”の逆襲

「ハロウィン」
(2018/アメリカ)

Review
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「ハロウィン」(2018)

予告編

『ハロウィン』予告編 (2018年)

編集部評価

総合評価 / ★★★★★
ギミック:★★★★☆
様式美:★★★★★
不気味さ:★★★☆☆

編集長の一言

最後の10分は、身が震えるほどのカタルシス

小世の予習のおすすめ

「ハロウィン」、「ハロウィン2」の続編です。3以降は関係ないので、見ないでも大丈夫。


ホラーの金字塔 ハロウィン

 本作のオリジナルとなったのは、1978年に公開された「ハロウィン」。動機もなく人を殺す不条理な殺人鬼マイケル・マイヤーズを描いてホラー映画の歴史を塗り替えたと言われる伝説的作品です。 いわばスラッシャームービーの元祖。この映画を皮切りに、「13日の金曜日」や「エルム街の悪夢」などの名作が世に生み出されました。

 また、無垢で若い女性が最後まで生き残る“ファイナル・ガール”という設定を導入したのも「ハロウィン」。他の道徳的に劣った友人が殲滅される中、処女の女子が一人生き残るこのプロット、映画批評家であるキャロル・J・クローヴァーが 『Men, Women, and Chain Saws: Gender in the Modern Horror Film』でジェンダー批評という側面から考察を加えたことで有名になりました。
 この設定は今でも多くの作品に用いられてますね。「ハロウィン」は、まさにホラー映画の基礎を作った映画だといえるでしょう。

 あの「ジョジョの奇妙な冒険」の作者、荒木飛呂彦も、著作の中でハロウィンについて熱く語っています。


オリジナル「ハロウィン」の正統な後継作品

 今作は、「ハロウィン2」から40年後の世界が舞台 。「ハロウィン」は1978年の公開後、7部の続編を生んでいますが、 「ハロウィン3」以降の設定はなかったことになっています。

 それもそのはず、製作総指揮は「ハロウィン」「ハロウィン2」の監督ジョン・カーペンター。 ハロウィンシリーズの生みの親である彼が久々に製作総指揮として関わるわけですから、本作こそ正当な後継であるともいえるでしょう。ジョン・カーペンターズのファンたちが、大きな期待を寄せました。

 しかし今までのストーリーを打ち切るこのやり方に、“シリーズ”を見てきたファンはご機嫌斜め。制作サイドは「話が複雑になりすぎたため」としていますが……本音は、駄作が多かったからでしょう。しかし、 今まで追ってきたファンは“駄”の部分も含めて作品愛があるわけですから、それらの作品を無視した今回の設定は、少なからぬファンの怒りをかったようです。

祖母ローリーが完全武装

 主人公のローリー役には、オリジナルのジェイミー・リー・カーティスが続投。今作では、40年もの間、ひたすらマイケルの襲来にそなえていたということになっています。

 自宅を忍者ハウスに改造、自らも日々の鍛錬により仙人並みの身体能力を得たローリー。それでは飽き足らず、娘のカレンを対マイケル・マイヤーズ秘密部隊として苛酷に特訓。学校にも行かせず狙撃や護衛術を叩き込みますが、ソーシャル・ワーカーに見つかり親権を奪われています。

 

当たり前です。

 

 なんといっても、このローリーの忍者ハウスがすごい。マイケル・マイヤーズを抹殺するためだけにあつらえた大量のギミックを搭載しています。ネタバレになるので、詳しくは本編でご確認してほしいのですが、この完全武装したローリーの戦いっぷりが、今作の最大の見どころでしょう。

 

これだけ戦えるばあさんが、これまでいただろうか。

 
 

ぜひ「スペル」の老婆と対決してほしいですね。

 

マイケルさんは変わりません

 肝心のマイケル・マイヤーズさんですが、この人だけは変わりません。相変わらず、包丁を片手に町をうろうろ。彼が出てくればもう大丈夫。少なくとも様式美を楽しませてくれるという安心感があります。すでにホラー映画史上のカノンとして揺るぎない地位を確立しているからこその信頼です。

 40年間に渡り精神病院に収容されていたマイケルさんですが、ある日、刑務所へ搬送される途中に移送車が横転。その機に乗じ脱走します。折しもその日はハロウィン前日。ローリーの住むハドンフィールドへ、いつも通り徒歩で向かいます。

 

環境への配慮が行き届いてます。

 

 久々に暴れられてうれしいのか、ギア全開のマイケルさん。一言も話しませんが、喜びが伝わってきます。カメラアングルやタイミングなど、彼のスラッシャーとしての職人気質が光る!

 斬新な演出にこだわったホラー映画が多い昨今ですが、ガンガン古典的なギミックで攻めてきます。そうそう、これだよ、と安心しながら怖がることのできる、最高のエンタメホラーといえるでしょう。


鑑賞後の皆さんへ

 いかがでしたか。
 僕は、カレンの「ガッチャ!」を見るためだけに1800円払えます。

 この作品、前作へのオマージュが隠れミッキーのように秘められていて、それを探すのも一つの楽しみですね。

 最も分かりやすかったのは、ローリーが窓を突き破り外へ放り出されるシーン。マイケルが外を覗くと、ローリーがいない!これは1のラストシーンへのオマージュですね。1では、ルーミス医師の銃弾を受けたマイケルが窓から落下。しかし玄関へ出るともう遺体はないという伝説のラストでした。

フェミニズム批評の見解

 以上のオリジナルとの比較から、ハロウィン2018ではローリーとマイケルの立場が逆転していることがわかります。これは、ファイナル・ガールの究極の進化と言えるでしょう。その進化をファイナル・ウーマンという言葉で表しているレビューも。

 同じコンセプトは、孫のアリソンと彼氏の仮装にも見られます。彼らはハロウィンのパーティでボニー&クライドに扮しますが、そのままではつまらないと思ったのか、男女を交代して仮装していました。この彼氏がとんでもないクソ(言葉は悪いですが、これ以外の言葉が当てはまるでしょうか?)だったので、アリソンが彼をふったときは誰もが胸がすっとしたでしょう。この彼氏を除いても、この作品に出てくる男は、みなクソか役立たずのどちらかです。

 被捕食者だった者が、捕食者と立場を逆転し、クソみたいな世界に銃弾を一発ぶち込む。そのカタルシスが、この作品のコンセプトなんでしょう。

 しかし、ただのカタルシスを追求した復讐劇と決めつけると作品の深みが失われます。なぜなら、この映画では、復讐は何も取り戻さないからです。マイケル・マイヤーズによるトラウマはローリーを変え、カレンの幼少期を台無しにしました。そしてそのトラウマは、孫のアリソンに引き継がれます。それは、最後のナイフを手放さない彼女の姿から見て取れます。決して達成しえない復讐。ファイナル・ガールは、もう二度とただの女の子には戻れないのです。

 このように、マイケル・マイヤーズを男性の暴力の象徴として捉え、その不死性は消えないトラウマを表しているとするフェミニズム批評が、アメリカのレビューには多く見られました。

保守派のプロパガンダ?:銃規制とジェンダー

 他に僕が面白いなと思った批評に、リベラルの論客たちによる批評があります。

 マイケル・マイヤーズを乗せた移送車が転倒するシーン。男の子が父に、もうハンティングにはいきたくない、本当はダンスが好きなんだ、と告げます。そしてその数シーン後、男の子はマイケル・マイヤーズに惨殺されています。

 スラッシャームービーにしてはあまりにも銃の活躍の多いこの映画で、このシーンになんの意味もないとは、思えません。 後ろに何か、“男らしさ”と銃規制反対の保守勢力の影が見えないか?というわけですね。

 スラッシャーよりも、むしろクリント・イーストウッドに近いとする批評さえあるほど、この映画は銃を展開してゆきます。なにしろ、ローリーのメイン武器は銃ですから。

 また、初めに殺されるポッドキャストの記者たちは絵に描いたリベラル。マイケルマイヤーズの人間性を信じ、彼を解放しようとする姿は意図的に愚かに描かれています。対するローリーは、銃を駆使することで悪を駆逐します。

 以上のような理由から、実はこの作品には強い保守派のプロパガンダが含まれているのてはないか。そう主張する批評が、公開後波紋を呼びましました。

 ちなみに、ジェイミー・リー・カーティスはこの作品を演じた後、銃規制法に関して、“銃乱射事件にはお悔やみを言うのに自分がこれだけぶっ放してるのはどうなんだ?”という趣旨のインタビューを受けています。ジェイミーはこれに対しリベラルの立場を表明したうえで、 スラッシャー女優としては、平和主義を貫いたら仕事にならない、と現実的な回答をしています。

 銃という視点は、日本に住んでいるとなかなか考え付かないですよね。まだまだ様々な解釈がありますが、今日はこの辺にしておきます。

 

ではまた次回、お会いしましょう。

 
 

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